自主憲法設立
自主憲法設立

現在の憲法では自衛隊は憲法違反である。しかし現状は自衛隊を認めて半世紀の時が過ぎ去っている。 憲法の第九条に書いてある項は完全に死文化している。この憲法はアメリカの占領当時GHQ民生局で一週間 で書き上げたものをほとんどそのまま日本語に翻訳しただけの押し付け憲法である。戦後日本の民主主義は 個人の自由、権利の主張ばかり強くして公にたいする義務、責任感がなくなっている。

これはアメリカ二ズム であり一番大切な伝統と愛国心が抜け落ちている。国はこれを持った国民に教育しなければならない義務がある。 最近憲法問題をめぐって議論される雰囲気はあるが肝心の改正問題の中身に一歩踏み込むとかえって「改悪」 になるような議論も少なくない。そもそも憲法とは、「国家存立の基本的条件を規定する最高法規」である。憲法 を論ずるには、「日本とは何か」という追究がまず前提とならなければならない。しかし最近の憲法論議の多 くは時勢に振り回され、基本的考えかたに沿った印象がない。しかも国内の認識は曖昧で、これではまともな 憲法論議も期待することはできない。憲法論議で基本となることは、「日本は世界最大最古の君主国」との認 識が基礎とならなければならない。

まず、憲法問題の核心は「第一章」にあることを表明したい。現在の天皇制はアメリカがつくったものだが、 占領下に設定された今の憲法でも天皇についての規定を「第一章」に置いている。これは世界の君主国の憲法 でも例を見ないもので、世襲天皇制を重視していることが分かる。君主とは国家元首の地位を世襲するものを 指す。天皇陛下は現行憲法下にあっても国家の尊厳を体現し国家統一に対しても重要な機能を有しておられる元首たることは明らかだ。しかし、日本が君主国であることすら深く一般に認識されていないのが実情である。 戦後の日本はアメリカに屈従せざる構造があった。愛国主義を語るということはアメリカに対する忠誠心に なってしまう。

この意味ではまさしく日本はアメリカの植民地国家と言える。植民地国家というのは帝国に対する忠誠心に よって成り立っているからだ。植民地国家というのは戦後になってアメリカによってつくられたもので戦前 と戦後では天皇制を区別して考えなければならなかった。それが「象徴天皇制」である。「象徴天皇制」と は戦後アメリカによってつくられたものだ。占領軍によって設定された今の憲法が天皇制の本質にふさわしい のか否か。日本の本質国柄に即さない憲法を抱えたままで日本は社会の秩序、人心の混迷をもまねき未来を 切り開くことはできない。憲法をめぐる本格的な検討はこの問題から検討する必要がある。

ついでにいうな らアメリカは移民の国で国としての伝統がない。主義、主張、文化の違う人々の集まりである。そうなると 集団としていざこざが起きるために採用されたのが「議会制民主主義」である。議会制民主主義とは多数決で 採決するという方法だ。半数にいたらないものは採用されない。そうすると必ず社会に歪みができることは 避けられない。多数決主義にはいい点もあるがその反面問題も大きい。伝統ある国はムラ社会であった。ムラ 社会のいいところはムラを安定させ維持するのにムラ全体の信頼関係があった。アメリカ民主主義は機械的 な民主主義で「共同体」の破壊である。

社会現象として引きこもり、落ちこぼれを生み出している。アメリカ の世論を動かしているのは新聞、マスコミだ。アメリカという国家は大衆の国家になっている。それは結構 だが大衆というのはときとして暴走するときがある。デモクラシーに腐敗なり危険がひそんでいるし、 「アメリカの考え方は世界がアメリカでアメリカが世界」という考え方が根底にあるが、アメリカの憲法は移民 の国の憲法である。文化、習慣の違う国や伝統ある国には当てはまらない。移民国家のため道徳より権利が 優先になり契約社会になっている。いわばアメリカの民主主義は「欲望主義議会制民主主義」だ。移民の国の憲法、 移民の国がつくった憲法は伝統ある日本にはそぐわない。日本は押し付けの民主主義でなくアメリカの影から 抜け出し、自主独立の日本主義的な憲法を設定し愛国心の復活を唱えたい。

 
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